詩歌 verse

青山は故人の如し。江水は美酒に似たり。今日重ねて相ひ逢ひ、酒を把りて良友に對す。青い山は旧知の友人の佣、川の水は美酒に似ています。今日再び会うことができました。酒杯を把り良友と向かい合おう。「故人」は漢文では旧友の意味です。清の文点(字は与也 よや)「渡江」詩。「逌 (ゆう)」の金文体を背景に書いています。「逌」は酒器の「卣」が皿の上に載っている様子を示します。
葉を帯びて倶(とも)に樹を吟じ、花を将(もち)て共に空に舞う。 木の葉と共に樹を吟じ、花と共に空に舞う。祖孫登「詠風」詩から二句。背景に白抜きで蘇軾(字は子瞻)の詩を書いています。獨(ひと)り詠ず微涼殿閣の風。宮殿に吹くそよ風にあたりながら、一人詠吟す。紅花の花弁が漉き込まれた月山和紙を青墨で染めて浮き立たせました。風に舞う様子を表現しています。2021年の作品展「馥郁」のDMにはこの作品を使いました。
昨夜、雨疏(そ)にして風驟(にはか)なり。濃き眠りも残酒を消さず。試みに問ふ、簾を巻く人に。却って道(い)ふ海棠は舊(きゅう)に依ると。知るや否や、知るや否や。應(まさ)に是(これ)緑肥え、紅痩せたるべし。昨夜の雨はまばらで風は突然でした。熟睡しても機能の酒が消えていません。お尋ねします、簾を巻く人に。意外にも言います。海棠は昨日のままだと。本当に?本当に? きっと雨のせいで緑の葉が増え、赤い花は散っていることでしょう。李清照の宋詞「如夢令」三椏紙を蘇芳で染めた草木染め。台紙に阿波紙を合わせました。マットはシルクサテン。
雪液は清甘井泉に漲り、自ら茶竈(ちゃそう)を携えて烹煎に就く。一毫も復(また)心に関わること無し。枉(ま)げず人間(じんかん)に百年住するを。甘い雪解け水が井戸や泉にあふれると、自ら茶釜を携えて湯を沸かします。一筋の毛ほども心に関わることなく、心穏やかに、この世に百年住むことにしましょう。陸游(字は務観)「雪後煎茶」詩。藍染の紙に金泥(赤銅)で書いています。新しい大島紬のマット>
知らず名樹百千林。歩歩の風は香して深し。是(これ)何の香りぞ、と猜(さい)するも覓(もと)むる處(ところ)無し。落紅流水、西岑(せいしん)を下る。名樹百千もある林とは知りませんでした。歩くと風は数里に渡って深く香ります。この香は何かと思っても知る術がありません。紅い花びらが西の峰から流れてきます。閻爾梅(字は用卿)の「香山花径」詩。尋芳載酒   芳を尋ね、酒を載す。  よい香りの花を探し、見つけたら酒を持っていこう。楊汝諧の印文より。大分県九重市産の紅花紙に書いています。
春風先づ發(ひら)く苑中の梅。櫻杏桃梨、次第に開く。薺花(せいか)楡莢(ゆきょう)深村の裏(うち)。亦(また)道(い)ふ、春風我が方(ため)に來たると。春風がまず咲かせるのは苑中の梅。桜や杏、桃や梨が次第に開きます。奥深い山村の薺(なずな)の花や楡(にれ)の実にも、また私のためにも春風は吹いてきます。白居易(字は楽天) 「春風」詩。淡路島津名紙。桜の草木染めの紙です。
風吹けば 落つるもみぢ葉 水清み 散らぬ影さへ 底に見えつつ風が吹くと紅葉が水面に散り落ちます。水が澄んでいるので、まだ散っていない枝の葉も、水底に見えているようです。凡河内躬恒 哥紅葉を漉き込んだ、大変古い紙に書いています。
思へども 身をし分けねば目に見えぬ 心を君にたぐへてぞやる   伊香子淳行 思っていても身を分けることができないので、目に見えない私の心を貴方に添わせていかせます。雲居にも深き心の遅れねば 別ると人に見ゆるばかりなり   清原深養父 雲にまで行き交う私の心は貴方に遅れることはないので、別れていると人には見えるばかり、心はいつでも一緒なのです。別るれど嬉しくもあるか 今宵より あひ見ぬ先に何を恋ひまし   凡河内躬恒 今別れますが嬉しい気もします。今宵からは貴方のことを思いながら過ごします。出会う前はいったい何を恋しがっていたのでしょう。思ひやる心ばかりは障らじを何隔つらん 峰の白雲   橘 直
色よりも香こそあはれと思ほゆれ 誰が袖触れし宿の梅ぞも    詠み人知らず 花の色よりも香こそに情趣を感じます。我が家の梅の香を袖に移したのはどなたでしょう。折しもあれ花橘の香るかな 昔を見つる夢の枕に   藤原公衡 折しも橘の香りがします。昔の夢を見ていた枕元に。涼しやと風のたよりをたずぬれば 茂みになびく野辺の小百合葉   萱齋院 風のたよりに涼しい風が届きました。その元を訪ねると、茂みの中で野生の百合に出会いました。藤袴寝覚めの床に香りけり 夢路ばかりと思ひつれども   登蓮上人 藤袴が寝覚めの床で香っています。夢の中でのことだと思っていたのですが。香りにまつわる歌を四首集めました。
からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ  在原業平 唐衣の様に着続けてなじんだ妻が都にいるので、遙々きた旅を悲しく思います。あやめさく水に映ろふかきつばた 色は変わらね 花のかんばし   詠み人知らず(結城朝光?)  あやめが咲き水面が映っている杜若の色も変わっていません。どの花もよい香りがします。うちしめりあやめぞ香るほととぎす 鳴くや皐月の雨の夕暮れ   藤原良経  しっとりとした気候の中で軒の菖蒲が香っています。ほととぎすが鳴く皐月の雨が降る夕暮れです。かきつばた 衣にすりつけ ますらをの 競ひ狩りする月は来にけり   大伴家持  杜若の色を染めた衣を
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